無頼ケンカ玉 剛勇横綱 玉錦【昭和1桁に君臨した男気横綱】

まだ日が浅い相撲ファンも、
「双葉山」に関しては名前くらいは耳にしたことがあり、
不滅の69連勝や相撲の神様といったイメージくらいは
持っているのではないでしょうか?

一方で今回紹介する「玉錦」に関しては、
イメージはもちろん名前すら聞いたことがない
という人がほとんどかと思います。

こちらの書籍は、
「双葉山は知ってるけど玉錦は知らない」
この辺りのファン層に調度いいような気がします。

第32代横綱玉錦 三右エ門

双葉山が土俵に君臨する昭和10年代の少し前、
土俵の第一人者として活躍していた横綱が玉錦です。

気性が荒く喧嘩っ早い大酒飲み。
暴力団と兄弟分の杯を交わす。
協会に平気で物を言う。
ボロ錦と言われるほど稽古に明け暮れる。
何だか昔のお相撲さんの匂いがプンプンします。

後に現れる相撲界屈指の人気者 双葉山の印象があまりにもクリーンすぎるため、
何となくヒール役や負のイメージがある横綱ですが、
双葉山も玉錦という壁はしばらく破れずにいたほどの横綱でした。

むしろ優勝を絡めてもスムーズに大関昇進できず、
3連覇してようやく横綱に昇進出来たなど、弱小部屋の背景や、
番付運に泣かされた悲運の横綱という側面さえあります。
(素行が悪いという理由でしたが)

様々な側面を見せてくれた玉錦、その評価は分かれるかもしれません。
しかし昭和11年夏場所、初めて自身を破り初優勝を飾った双葉山を祝うため、
横綱自ら立浪部屋に駆けつけるなど、その漢っぷりは知れば知るほど魅力のある力士だとも思います。最近で言えば問題児だけど憎めなくて愛される、朝青龍のような感じでしょうか(笑)。祖父も小さい頃玉錦が好きだったと言ってますので、色々と言われていますが人気があったのでしょう。

横綱としての土俵上で積み上げた実績は勿論ですが、玉錦の最大の功績は、今も続く二所ノ関一門の礎を作ったことでしょう。
後に続く、若ノ花、大鵬、貴乃花などは皆この流れになります。

有名力士を多く輩出し、一大勢力となった二所ノ関一門ですが、玉錦の存在なくして今日の姿はありませんでした。

今もなお語り継がれる、昭和の相撲史が誇る双葉山不滅の69連勝。
しかし玉錦突然の死がなければ、その結果は変わっていたかもしれません。

ぜひお時間のある時に読んでみて下さい。

にほんブログ村 格闘技ブログ 相撲・大相撲へ
にほんブログ村
最新情報をチェックしよう!