なぜ天覧相撲は中日に行われるのか?

初場所6年ぶりの天覧相撲

SNSなどで何となく噂にはなっていましたが、初場所中日に、2020年の初場所以来6年ぶりに天覧相撲が行われることになると、 宮内庁から正式な発表がありました。

国技館での天覧相撲は、昭和に40回、平成に23回、令和に入ってからは2度目になります。

陛下は皇太子時代からご一家でたびたび相撲を観戦されており愛子さまは幼少期から琴光喜を贔屓にするなど大の相撲好きとして知られています。

優勝賜杯の歴史からも分かるように、相撲界と天皇陛下には非常に縁があります。

 

 

そのため天皇陛下が相撲を御観覧される天覧相撲は、相撲協会にとっても特別な一日。 国技館の空気も明らかに違います。取組自体は通常の本場所と同じはずなのですが、どこか張り詰めた雰囲気が漂い場内全体が引き締まるそんな不思議な一日になるはずです。

そんな数年に一度あるかどうかの「天覧相撲」。今回は天覧相撲についてフォーカスしていきたいと思います。

天覧相撲の歴史を簡単に振り返る

相撲と天皇の関係は、非常に古いもので、奈良時代には宮中行事として「相撲節会(すまいのせちえ)が行われていたそうで、天皇の前で相撲を取る文化がすでに存在していました。

近代において「天覧相撲」がはっきりとした形を取るようになったのは、明治天皇の時代。

明治17年に明治天皇が相撲を天覧されたことで、相撲は「国技」としての色合いを一層強めていきました(この時は本場所とは別で天覧相撲を行ったそうです)。

さらに、昭和天皇の時代になると、天覧相撲は国技館で行われる特別な行事として定着します。相撲好きで知られた昭和天皇が、拍手をしながら相撲をご覧になっている姿を思い出すオールドファンもいることでしょう。

「天皇陛下が本場所を観客と一緒に観戦する」という現在のスタイルは、昭和30年の夏場所10日目に昭和天皇が行った天覧相撲が最初となります。

このように天覧相撲は、相撲の歴史そのものと深く結びついた存在だということが分かります。

天覧相撲はなぜ「中日」に行われる?

さて、ここで今回のテーマになります。

相撲ファンの中で「天覧相撲」というと、「中日」というイメージを持っている方も多いのではないでしょうか?

私だけ?

天覧相撲は、必ず中日に行われるわけではなく、前回(2020年初場所)は14日目でしたが、過去を振り返ると「中日」に設定されるケースが非常に多いのは事実です。

実際、戦後に行われた天覧相撲を見ても、真っ新なイメージのある初日や、優勝が佳境に入る千秋楽ではなく、場所の折り返し地点である中日が多く選ばれてきました。なぜ中日なのでしょうか?

まず考えられるのが、進行の安定性です。

初日は、場所全体が始まったばかりで独特の緊張感があります。一方、千秋楽は優勝争いや番付に関わる取組が集中し、想定外の展開も起こりやすい日です。
その点、中日は場所運営が軌道に乗り、取組進行や時間配分が最も読みやすい日と言えます。

天皇陛下が御臨席される以上、「予定通りに進むこと」は何より重要です。天覧相撲において、進行の乱れは極力避けたい。そう考えると、中日が選ばれやすいのは自然な流れでしょう。

次に、力士のコンディションも大きな理由です。場所序盤は硬さが目立ち、終盤になると疲労や怪我が表に出やすくなります。中日はその中間で、力士が比較的良い状態を保ちやすい時期です。

天覧相撲で求められるのは、奇をてらった勝負や波乱ではありません。力士が日頃積み上げてきた力と技を、正面からぶつけ合う。その完成度が最も表れやすいのが、中日だと言えるでしょう。

さらに、天覧相撲は興行であると同時に、儀礼的な側面を持つ行事でもあります。横綱の休場や星勘定が絡んだ極端な駆け引きといった「万が一」を避けやすい点でも、中日は都合の良い日なのです。

と、ここまで色々と書いてきたのですが、今回のブログを書くにあたり、色々と調べたところ、実は明確な答えというのはないようです(もしかすると本当はあるかもしれませんが)。

とはいえ、何となく納得はして頂けるかなとは思います。

ちなみに、天覧相撲が行われるのは「初場所」であることが多く

天覧相撲特別な所作

天覧相撲当日ですが、協会挨拶や賜杯返還のある初日や、賜杯授与のある千秋楽のように、いつもと若干異なることがあるので、ご紹介したいと思います。

天皇陛下の御入場時間ですが、幕内土俵入り前か幕内後半の取組からとなります。御入場時館内には「両陛下ご入場」のアナウンスが流れますので、起立して両陛下を迎える流れになります。

また、最も異なるのが「幕内土俵入り」の形です。

通常時は土俵を丸く囲むように土俵入りを行いますが、天覧相撲の際は「御前掛かり(ごぜんがかり)土俵入りというものを行います。

まず花道で関取衆が1列に並び両陛下に一礼→一人ずつ土俵に上がる→全関取が正面を向き4列5段で並ぶ→全員で柏手を打ち四股を踏み蹲踞→下位力士から順に呼び上げられるので、呼ばれた力士は立ち上がり一例して土俵を降りる。

つまり来賓席には背中を向けない訳ですね。

上位力士ほど土俵に残る流れになるのですが、小錦が晩年幕内上位にいた際、天覧相撲で蹲踞出来るか話題になっていましたね。

このように、中々見ることが出来ないレアな場面にも遭遇できるので、当日行かれる方はラッキーですね。

神聖な中でも真剣勝負

神聖な印象が強い天覧相撲ですが、決して無難な相撲ばかりが並ぶ舞台ではありません。過去にはその極度の緊張感の中で、力士の本闘志が存分に発揮された取組も生まれてきました。

天覧相撲と言って真っ先に話題に出てくる代表的な取り組みが、1971年の天覧相撲で行われた、麒麟児と富士桜の一番です。

技巧戦というよりも、お互いの気迫と闘志が前面に出た突き合いの真っ向勝負の一番。天皇陛下も身を乗り出して御覧になられたというこの一番は、今も語り継がれています。

天覧相撲は神聖な場であると同時に、緊張の中で行われる真剣勝負の醍醐味を味わえる舞台でもあります。だからこそ、記憶に残る相撲が生まれるのです。

ということで、今回は天覧相撲について書かせて頂きましたが、天覧相撲が相撲界にとって特別な日であることを分かって頂けたでしょうか?

間もなくに迫った6年ぶりの天覧相撲、静かにそしてしっかりと見届けたいと思います。

天覧相撲なぜ初日?
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