最強の右四つか?【武蔵丸の凄さを知る】

歴代の力士の中で度々行われる○○番付的な企画。

「最強の横綱は誰なのか?」

このようなテーマで企画を行った場合、

番組や採点者は異なっても、上位陣の顔ぶれはあまり変わりません。

大鵬、北の湖、千代の富士、貴乃花、朝青龍、白鵬・・・。

だいたい常連はこんなところです。
(回答者の年齢などによってバラつきますが。)

この手の企画でいつも残念に思うのが、

武蔵丸の評価が低すぎる

休場もなく、長く取り続けた鉄人横綱と一定の評価はされるものの、

若乃花や貴乃花、曙が引っ張った黄金時代には名脇役も多かったため影が薄く、

曙貴時代を牽引したメンバー達の力が落ちてきた頃、その恩恵を受けての昇進。

12回の優勝を誇るものの、11勝始め12勝など低い勝ち星での優勝も多く、

優勝決定戦でも全敗。

何より知名度抜群お馴染みの、

「痛みに耐えてよく頑張った!感動した!おめでとう!」

と小泉さんが表彰式で叫んだ、

平成13年夏場所貴乃花最後の優勝での敗戦イメージもあり、

数字や印象面などで、武蔵丸が名横綱や大横綱の部類で

語られることをほとんど見たことはありません。

しかし、世間はまだ武蔵丸光洋の恐ろしさを十分に理解していません。

武蔵丸の右四つ。

これはもしかすると大相撲史上最強かもしれません。

それくらいの破壊力がありました。

武蔵丸は元々突き押しで番付を上げて来ましたが、

安定性を求めて左四つにモデルチェンジ。

左四つも十分に強く、大関には十分な実力を持っていましたが、

この頃はまだ貴乃花の牙城を崩すまでではなく、後年横綱になり、

貴乃花と互角以上に戦うと思っていた人は少なかったはずです。

その後、右四つに再モデルチェンジ(怪我だったように思います)し、

右の腕を返す相撲を覚えることでついに横綱に昇進しました。

しかし、そのタイミングは貴乃花はじめ曙や若乃花らの低迷時期にも重なり、

地味に昇進した感が否めず(今で言えば鶴竜昇進時のようなイメージ)、

私も周りが戻って来たら4番手くらいに思っていた記憶があります。

冒頭で書いていたようなイメージを、私も武蔵丸に持っていたわけです。

その見方が変わったのが、平成11年の九州場所千秋楽相星決戦。

盤石の体勢になった貴乃花、誰もが勝利を確信した瞬間、

一回転した貴乃花は宙を舞いました。

突き押しやいなしなど速攻相撲で敗れることはありましたが、

右四つに組んだ貴乃花が投げ捨てられる・・・。

にわかには信じられない光景でした。

貴乃花や曙を始めとした、あの時代の力士達が全盛期で戦ったとしても、

右四つ相撲を覚えた武蔵丸には正直勝てたかどうか・・・。

武蔵丸の右四つはそれくらいのインパクトがありました。

武蔵丸は、歴代最強の横綱という話をする際には、

もっと早い段階で名前が出てきても良い横綱です。

今こそ武蔵丸の強さを、改めて検証しましょう。

次回は思い出の一番で、こちらの取り組みを紹介予定です。

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