千賀ノ浦部屋から常盤山部屋へ-なぜ部屋が変わるのか?-

11月26日に千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)が年寄名跡「常盤山」を継承・襲名して、常盤山親方(元関脇舛田山)が年寄名跡「千賀ノ浦」を継承・襲名することが理事会で承認されたそうです。それにともない千賀ノ浦部屋は常磐山部屋に変更となりました。

先日このニュースが発表されました。
年寄名跡をなぜ変えるのか?部屋の名前も何で変わるのか?
加えて貴景勝の結婚と共に、部屋の引越しの話題も出て来るなどごちゃごちゃしているので、今回は千賀ノ浦親方、千賀ノ浦部屋、常盤山親方、常盤山部屋について分かりやすく説明したいと思います。親方名だとややこしいので、現役時代の四股名で説明します。

舛田山靖仁

学生相撲出身力士として1970年代後半から80年代中盤まで活躍した元関脇の力士で、息が長く当時としては珍しく30代後半まで現役を続けました。叩きで勝つ相撲も多く、大勝ちがあるわけでないので渋い力士といったところでしょうか。
現役引退後に千賀ノ浦親方になり千賀ノ浦部屋を興しました。
現在部屋に在籍している力士で四股名に「舛」が付く力士は、舛田山の四股名からとっているものになります。有名どころでいうと元幕内の舛ノ山。
(詳しくは「20秒しか戦えない力士」で検索して下さい)

ここでポイントになるのが、
「千賀ノ浦」という親方株と、部屋の建物は舛田山の所有物ということ。

隆三杉太一

1980年代中盤から90年代中盤まで活躍した二子山部屋の力士です。
10代での関取昇進、兄弟子だった隆の里と2代目若乃花から四股名を1文字ずつもらうなど期待の若手と言われた時期もありましたが、結果的に10年かけて昇進した小結が最高位でした。個人的な印象はとにかくニコニコしており歌が上手くてよく食べる。現役引退後は常盤山を襲名、貴乃花部屋の部屋付き親方として貴ノ岩や貴景勝などを若手時代から指導してきました。

こちらでポイントになるのは、
「常盤山」という親方株は、隆三杉の所有物ということ。

再雇用制度

2014年から相撲協会には下記のような再雇用制度が導入されました。

「定年退職を迎えた親方のうち希望する者は、最長5年間(70歳まで)
年寄名跡を保持して再雇用される」

この制度により親方が協会に長く残れるようにはなりましたが、この制度には
役員や部屋の師匠を務める事はできないという追加事項もありました。
そのため「親方として協会には残れますが部屋の運営は出来ません」

千賀ノ浦部屋継承

千賀ノ浦部屋を運営してきた舛田山でしたが、2016年に定年退職が迫ったことにより(65歳になるので)、部屋を存続させるには誰かに譲らなければならなくなり、紆余曲折の末に同じ部署で仕事をしていた隆三杉が後継者になります。
選挙など色々なことを加味すれば、本来同じ出羽海一門内で継承するのが慣例なので、一門外にも関わらず声のかかった隆三杉はよほどいい人なのでしょう。
ということで、千賀ノ浦部屋は隆三杉が継承することになりました。

当時常盤山親方だった隆三杉と千賀ノ浦親方だった舛田山が年寄株を交換して襲名することになり、隆三杉による新生千賀ノ浦部屋が誕生しました(11月場所新関脇で活躍した隆の勝の「隆」の文字は隆三杉の四股名からとっています)。
部屋に関しては舛田山の所有している建物をそのまま使用。

貴乃花部屋の消滅

今回の話とは直接関係ないですが、2018年の秋に貴乃花親方の退職に伴い、貴乃花部屋が消滅。所属力士達はかつて部屋付き親方だった千賀ノ浦親方が師匠を務める千賀ノ浦部屋に移籍しました。貴景勝を始めとする四股名に「貴」が入っている力士は貴乃花部屋からの移籍力士達です。
というように、千賀ノ浦部屋には3親方の四股名が入り乱れているわけです。

再び常盤山親方に

来年4月に再雇用制度で協会に残っていた舛田山が70歳で退職を迎えます。
今後舛田山の所有する年寄り名跡(千賀ノ浦)は、協会の人間でなければ使用出来ないため、誰かに譲らなければなりません(色々とややこしい事情はあるのですがそれはまた別の機会に)。
そのためには本来の持ち主に戻す必要があります。
ということで今回、元々交換していた隆三杉と、改めて年寄り名跡を交換(元に戻す)するわけです。そしてそれは同時に千賀ノ浦部屋という部屋名が常盤山部屋へと変わることも意味します。

部屋の建物はどうするか

ここまでであれば相撲界では度々あることなので、部屋の名前が変わるだけであまり複雑なことではないのですが、(真偽のほどはわかりませんが)今回一部で引越しの問題も出ているようです。
現在の千賀ノ浦部屋は、舛田山の所有物でこれまで賃貸で借りていたようですが売却される可能性もあるそうです(相撲部屋は居ぬきで賃貸や売却するケースが多いのですが)。そうなると別に物件を探す必要があるのですが、隆三杉は部屋持ち親方としての定年まであと5年くらいなので、新たに購入は考えにくい。
一方で今回結婚した貴景勝は、現在奥様の実家(現在の新居)に住んでいるそうで、その場所こそかつて北天佑が率いた元二十山部屋の建物。
相撲部屋としての機能は備わっており、国技館からも近い。
貴景勝が将来的に部屋を継ぐことになれば一石二鳥。
そんな訳で今回引越しの話題や、二十山部屋の声が聞こえてきているわけです。

とにかく初場所は綱取り

引っ越し話の審議は分かりませんが、可能性としては有りではないでしょうか?
将来的に部屋がどうなるのか分かりませんが、千賀ノ浦名跡を隆の勝が継ぎ、
常盤山名跡を貴景勝が継ぐことで、二十山部屋(嫁の実家)で部屋運営を行う事が出来ればベストではないかと思います。とはいえ全ては憶測や希望的観測の話。
(千賀ノ浦名跡はどうするんでしょうかね?)

綱取り前に騒がしいように思えますが、これまで部屋の消滅や不祥事などの雑音の中でも結果を残してきた貴景勝にとってみれば、部屋名が変わるくらい雑音にもならないでしょう。

ということで今回は、なんで常盤山部屋になったのか?について解説しました。

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