名力士を語る-90年代のエンタテナー朝乃若-

 現在はウィキペディアなどで力士の経歴を簡単に検索する事ができますが、実際にその当時の相撲ファンはどう感じていたのか?
このカテゴリーでは、私がリアルタイムでその力士について感じていたこと、抱いていた印象などを書き留めて行きたいと思っています。
今回は、先場所の高見盛物言い間違い事件で、笑いすぎだった姿(実際には笑い声)で久々に現役時代を思い出した若松親方こと、元幕内朝乃若です。

朝乃若の成績

まずは成績をみて見たいと思います。

(通算成績)
通算成績:547勝598敗
幕内成績:346勝434敗
現役在位:79場所
幕内在位:52場所

(賞)
十両優勝1回
幕下優勝1回

現役13年ちょっとなので短いような気もしますが、朝乃若は大卒力士で幕下付け出しデビューですので、それを加味するとまずますでしょうか・・・。
三役、三賞、金星はありません。
確かに朝乃若が大勝ちしたり大物喰いした記憶がないので、この成績を見ても違和感を感じることはなく、すんなりと入ってくる数字です。

エンターテナー今でいう豊ノ島?

NHKの大相撲中継でも時々解説を勤めている若松親方。
最近相撲を見始めた相撲ファンにとって、若松親方はどんな印象の親方なのでしょうか??眼鏡をかけて真面目な話をしているインテリな親方?
それとも相撲協会の副理事として、将来高砂一門の理事になる存在?
一門内でもなかなか存在感を増してきた朝乃若ですが、平成初期の相撲番組においては最近で言う豊ノ島ポジションにいる力士でした。
当時も相撲人気は高く、特番が度々放送されていましたが(バラエティーはあまりなかった印象です)、番組内ではモノマネをしたり、ファンサービスに熱心な力士だった記憶があります(目立ちたがり屋なのかもしれませんが)。
まだ十両時代の朝乃若が、出待ちでサインを求めるファン全員に丁寧にサインをしていたのを思い出します。

土俵上でもパフォーマー

少し前だと水戸泉や北桜、最近では照強など、今も昔も時間いっぱいでの塩撒きパフォーマンスで館内を沸かせる力士はいますが、朝乃若は塩を叩きつけるパフォーマンスに止まらず、「空中に投げた塩を拳で殴る」という、もはや土俵の所作を超越したことをしておりました(もちろん注意されました)。

そして日馬富士も行なっていた平蜘蛛の仕切りですが、こちらも朝乃若は常に行なっており、前述の時間いっぱいの塩まきと合わせ「時間まで絶対に立つ気がありません」という神事と真逆の土俵でした(確か平蜘蛛も注意されていたような気がします)。ちなみに旭道山に跳び箱のように立ち合いで跳び越された時は笑いました。

極め付けは廻しです。力士の廻しも平成以降鮮やかな色が多くなりそれほど驚くことはなかったですが、朝乃若の蛍光グリーンはさすがに目を引き、その後レモンイエロー色を締めて土俵に上がった時はさすがに衝撃を受けました。
少し前に照ノ富士が黒の化粧回しを締めたり、日馬富士が黒のサポーターをして話題になったことがありますが、朝乃若のレモンイエローに比べれば可愛いものです。

いつも土俵でバタバタ

朝乃若の相撲は恐らく「突き押し」と書かれているはずですが、ほとんど引きと叩きの印象しかありません。突いたところで引いて勝つか、突き負けるか、引いたところを突いてこられて完敗するか・・・。
時々解説で突き押しについて意見を求められ、突き押しについて語る朝乃若を見るとなんだか不思議な気持ちになります。
引退時に「前に出る相撲をとる力士を育てたい」というコメントを残していたのを聞いて、本当は本人も前に出たかったのか・・・と思った記憶があります。

高砂部屋の功労者朝乃若

ここまで面白おかしく書いてきましたが、朝乃若が現高砂部屋にとって大きな功労者であることは間違いありません。
先日部屋を継承した先代の高砂親方(朝潮)。引退後に興した当時新興部屋だった若松部屋を同僚の朝ノ翔と共に牽引し、本家高砂部屋との合併、朝青龍を迎え入れての最盛期、母校近大とのパイプ維持、朝乃山スカウトなど、若松部屋の流れを組んだ平成高砂部屋の歴史には常に朝乃若の姿があり、その貢献は非常に大きいです。色々と話題にもなりましたが、朝乃若が部屋を継承しなかったのはやはり不思議でした。

振り返るとなかなか懐かしい。
たまには往年のパフォーマンスをぜひ見せてほしい。
そういえば朝青龍が関取に昇進した際、支度部屋で朝乃若と握手をしていたなぁ。

 

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