大関陣は弱いのか?

大関の負け越し

照ノ富士が、後半戦7連勝と横綱の意地を見せて7度目の優勝で幕を閉じた令和4年夏場所。

しかしその一方で大関陣の成績を見てみると、貴景勝が千秋楽で何とか勝ち越したものの、御嶽海は6勝9敗・正代は5勝10敗と大関三人で19勝26敗の成績となってしまい、御嶽海と正代は名古屋場所を角番で迎えることになります。

勝ち越した貴景勝含めた大関陣に対して、世間では「大関が弱すぎる」「不甲斐ない」などという意見も出ておりますが、本当にそうなのでしょうか?

大関は常に優勝争いを求められ、二桁勝利が必須で、角番は不名誉。

そんな大関に対する世間の風当たりが、何となく理不尽で不快に感じたので、今回は夏場所の感想ではなく、大関の角番について書いてみました。

角番大関とは

前述したように、今場所負け越した正代と御嶽海は来場所角番となるのですが、そもそもこの「大関の角番」と言うのは、どういったものなのでしょうか?

ここで一旦角番についておさらいをしたいと思います。

一般的に力士が負け越した場合、翌場所の番付は降下しますが(据え置きなどの例外を除く)、大関の場合は、2場所連続で負け越した場合に限り大関から陥落となるため、負け越した翌場所はそのまま大関に据え置かれます。

改めてですが、角番とはその「据え置かれた場所の大関」もっと言えば、今場所負け越したら大関から陥落になる場所の大関を指します。

以前の記事でも書きましたが、大関には陥落後も現役を継続するケース(高安、栃ノ心、琴奨菊など)と、大関陥落を引退の一つの目安にするケース(豪栄道など)が存在しまので、後者にとって角番の場所とは、まさに進退をかけた場所となるのです。

角番大関はどんなに大きく負け越したとしても翌場所は関脇への陥落となり、その場所のみ救済処置として「10勝」を上げることで、翌場所大関に復活できるルールになっています。※直近では貴景勝がこのルールで陥落後即復帰となっています。

現代の大関は辛いよ

ここ数場所は角番が多過ぎるという意見を始めとして、大関に対しての風当たりがやや強くなっている印象を受けますが、私の記憶では、魁皇や千代大海の晩年くらいから、度々この「大関を維持しているだけ」という意見は耳にしているような気がします。

穿った見方をすれば、「全敗→8勝→全敗」「全敗→全敗→10勝」でも4場所目には番付に大関として記載されるわけです。

しかし、本当に近年の大関がだらしないのでしょうか?

実はこの角番ルールですが、元々は「3場所負け越し」での陥落で、1969年名古屋場所以前は、2場所全休しても大関陥落はしませんでした。

また、1983年に公傷制度が大関にも適応になったので、2003年の「公傷制度撤廃」までは、公傷での休場を挟めば以前のように2場所全休したとしても、大関陥落はありませんでした。

つまり、角番制度の成立~1969年までと、1983年~2003年までの大関とは環境が異なっているわけです。

交渉制度が撤廃されるにあたって、東西の枚数を増やした記憶があるのですが、この処置の恩恵を全く受けないのが、「陥落はするけれど下の枚数が増えてもあまり意味のない」大関なのです。

そんな環境下で相撲協会の看板を背負う現在の大関陣。

休場もせずに頑張っているという見方も出来るわけです。

二場所内で調整すればいいだけの話

横綱は陥落がないので(進退を問われますが)、序盤での休場など、調整不足の回避や怪我を治す猶予を与えられますが、大関は休場も含めて1場所負け越した瞬間に責務を問われるケースを見受けられます。

大関は横綱に続く上位陣として、優勝争いに絡み、横綱同様に全力士達の挑戦を受け続け、15日間必死に土俵を勤める必要があります。

それほど恵まれていない環境の中で、クンロクなどと言われる厳しい見方をされるのが大関という立場のような気がします。

そもそも歴代大関達の昇進後の平均勝利数は、二桁ない大関の方が圧倒的に多いはずです。

 

場所ごとに一喜一憂せず、 もう少し優しく大きな心を持って、 「大関は2場所かけて体調管理している」という感覚で見守ってみてはどうでしょうか?

決して万全ではなかったかもしれない中、今場所逃げずに皆勤した3大関に温かい拍手を送りましょう!

 

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